2011年09月01日

2011年9月

先日 育ちすぎたぶっといきゅうりを3本 農家にいただいたので、
半分を即席漬に、残りの半分は種をくり抜いて酢の物にしたところ、
福井出身のダンナが
「マズイ。こういう太いきゅうりは冷汁にするもんや」と言ったので、
「冷汁て何?」と聞くと
「冷汁も知らんのか? きゅうりと魚を冷たい味噌汁の具にするんや」
「何それ、魚の入った冷たい味噌汁なんか気持ち悪い」
「気持ち悪いとはなんや!だいたい、あんたはそうめんにも卵やらきゅうりやら
茗荷やら青じそやらハムやら、具を乗せすぎや。そうめんは冷たい氷水に浮かべて
きゅうりだけその上に乗せて食べるもんや。あんたは冷麺の具とそうめんの具を
間違えてる!」
いつもならヒートアップする前に私がグッとこらえて黙るのですが、
この日はうだるような暑さでイライラしてたのもあり、私も反撃に出てしまったもんで、
そこから県民戦争が勃発。

「きゅうりだけの味気ないそうめんなんか美味しないやん。福井って、お雑煮もお餅と
かぶらだけ、ヘシコだけでご飯3杯とか、食卓に色がないわ」
「何言うてんのや、ご飯は米の味を味わう、そうめんは麺を味わう、素材の味が大事やのに、
京都はゴテゴテ乗せすきなんや。雑煮も人参に大根に子芋、きわめつけに白味噌やと?
甘い雑煮なんか食えたもんやないわ。見た目のキレイさや豪華さばっかり飾ってごまかす
風土やからな。俺は10年京都に住んでたけど、京都は合わん。京都人は言うてる事と
本心が逆やしな。料理かて味薄いねん!」

確かに京都人の言葉と本心が裏腹なのは私も苦手だけど、そんな人ばかりじゃないし。
そこまで言われたらもう黙ってられません! 結婚して滋賀県に来て23年だけど、
生まれも育ちも京都、ここで引いては京都に申し訳が立たない。

「京都の料理は見た目がキレイやし美味しいから全国から食べに来はるんやろ、
素材を大事にするから薄味なんや。福井の料理は何でもしょうゆで真っ黒やんか。
全国から福井に料理を食べに行くなんて聞いたことないし」
「蟹があるやろが。全国から食いに来るわ!しかも蟹は赤いわい!」
「あんなん料理ちゃう、茹でただけやん」
「そうやって京都の人間は他の県を見下しとるからな。のらりくらりした上品ぶった
関西弁にも腹立つ」
「京都は関西弁と違うわ、京都弁や」
「京都は関西やろが! どこが違うねん!」
「違うわ! 関西弁は大阪や。京都は京都弁や」
「はあ!? 品のない大阪と一緒にされたくないってか」
「そうは言うてへん (でも確かにその気持ちはちょっとある)、とにかく違うもんは違う。
だいたい福井弁なんか理解不能や。英語より難しいわ」
「俺のルーツは福井や! だから我が家のルーツは福井や!」 
「あんたのルーツは福井でも私や子どもは住んだこともないのに、福井がルーツなんて
思えへん。」

ギャーギャーやってるのをじっと聞いてた娘が冷た〜く言いました。
「はい、そこでストップ。あなたがたの住民票はどこにありますか?本籍はどこです?
滋賀県の田上でしょうが。あなたたちはもう京都人でも福井人でもないの、滋賀県人ですわ。
滋賀の田舎もんなの!しょうもないプライドなんか捨てなさい。
だいたい言い争いのきっかけは、たかがきゅうりやろ? 
きゅうりの料理にルールなんかあるかいな、アホちゃうか」

……はい、その通り。
ダンナはひつこく
「プライドちゃうんや、これは郷土愛の問題や」と娘に反論してましたが…。

でも確かに京都人(やっぱり私は自分を京都人だと何故か思ってる)は京都という土地に
誇りを持ってる。そして、確かに他府県より優れてると思ってるところがある。
変なプライドがあるんです。
「どこ出身ですか」と聞かれれば、滋賀と言わず京都出身と言う。そして「京都出身」と
答える時には誇らしげな気持ちがちょっとある…。
大阪とひとまとめに「関西人」と言われるのはなんか抵抗がある。この気持ち、京都人なら
絶対あると思うんだけど。

職場の京都人にこのことを話すと、やっぱり
「わかるわ〜。あんた間違ってないで、京都は全世界の人の憧れの場所なんや。
大阪と京都は格が違う!」
「全世界!? ワールドワイドな話になってきたな」
「全世界が憧れる雅(みやび)で風流な美しい土地柄なんよ」
彼女が言うには 「京都の敵は大阪。絶対ひとくくりにせんといてほしい」そうで
「東京なんか敵にもならへん。あそこはいろんな県の寄せ集め」だそうです。
ちなみに「福井は?」と聞くと、
「そういえばそんな県もあったな。どこや? 石川の下かいな、場所ようわからんわ」
だそうで(ちなみに彼女は社会科の教師です)…。

いろいろ考えると、なぜ京都に高いプライドを持つ気持ちがあるのかはよくわかりません。
昔、都があったからとか、料理がおいしいとか、そんな理由でもない気がする。
今住んでる滋賀の田舎の田上と京都とどちらに住みたいかと聞かれれば、迷わず、
「自然豊かで静かな田上がいい」と答える。なのに出身は京都と言いたい。
これは何故?

別の京都人に言わせると、「京都は宮文化の中で生きてきた土地やから、京都人には
優雅さはあるが力がない。力がないからあっちにいい顔をし、こっちにいい顔をして、
柔らかい言葉で人を傷つけないようにし、争わないように生きるしかなかった。それが
京都人の言葉や性格を生んだんや」との事。
な〜るほど納得。

私が「言葉や性格の由来はわかったけど、なんなんやろな、この京都人のプライドは。
何から来たプライドなんやろ」と言うと
友人は「決まってるやん、愛よ、愛!」
とダンナと同じことを言うてました。

すると、この話を聞いてた鳥取県人が「落ちぶれた貴族が、私は貴族の出だと自慢げに
言ったり、貧乏な家の者が、昔は立派な家柄やったんや、と言う、それと同じレベルの
気がするけど」と言ったものだから
「それは聞き捨てならんわ!」と京都人が猛反発。
あわてた鳥取県人が「いやいや、鳥取からしたら京都も大阪も憧れの県や。でも鳥取が
やっぱり1番やけどさ」と言ったもんだから、ここでも県民戦争が勃発。
「うちの県はここがすばらしい」の言い合い合戦となりましたが、最後に
「結局、みんな生まれた土地が1番と思ってるということや。でも、大阪人がここにいなくて
よかったわ。いたら大阪が1番やと言い張ってきかへんで」
「そうそう、大阪には吉本があるとでも言われたらたまらんわ」の言葉にみんなが納得し、
大阪を敵に回して県民戦争は終結を迎えました。

そういえばいつだったかの新聞に、「高校野球はどこを応援するか」という記事が載ってて、
「まずは生まれた所を応援。次に今住んでる所を応援。次にかつて住んでた所を応援」するの
だと書いてありました。

これも納得、私たちの県民合戦の話からしてもそのとおりです。

というわけで、大阪のみなさん 失礼なことばかり言いましてごめんなさい。
大阪に住んだことのない者の集まりだったもんで…

とにかく、どこの県民も郷土愛は深いんだなあ…と つくづく感じたのでした。


posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(0) | エッセイ