2013年03月01日

良き国、アルジェリアが… 後編

アルジェリアの人々は過激なイスラム教徒ばかりじゃないことを
少しでも知ってほしいとの思いから、私の25年前の消えかけてる
記憶を引っ張り出して書いた前回のエッセイ。
あの内容で果たしてアルジェリアの印象が良くなったかどうかは
甚だ疑問ではありますが、今回はその続きです。

なんせ古い話ですから、今とは状況も違うと思うので、そこは
お知りおき下さい。

さて、アルジェリアに入るや否や、3人で合計9万円もの強制両替を
させられた私たち。
残金8万を使い切るため首都アルジェへと移動しました。
とにかくこれ以上は円やドルを使いたくない。
しかし、アルジェリアを出たら紙くずとなる (現在は換金できるらしい)
手持ちのアルジェリア通貨8万円分は使いきりたい。
しかも、ベールで顔を隠し全身を布で覆って、見えるのは目だけという
アルジェリア女性と違い、私たちはジーパンに半袖Tシャツで腕丸出しの
珍しい日本人女性ですから、ワラワラと男たちが寄ってきて、親切に
いろいろご馳走してくれたりするもんで、お金がちっとも減らない。

あと数日でアルジェリアを出てモロッコへと行きたい私たちは、
有効に金を使う手段として、あり余った残金を一気に飛行機代に
使おうと決めた次第です。
ところが!!
飛行機会社に行き、チケットを買おうとしたら、カウンターの兄ちゃんが
「外国人が飛行機代を払う場合はアルジェリア通貨は使えない。
チケットはドルで買え。ドルを出せ 」と言うのです。
私たちは「なんでアルジェリア国内を移動するのにアルジェリア通貨が
使えないんや!? おかしいやないか!」と言いましたが
「No! ドル only!」と即答。
9万も外貨をアルジェリア通貨に強制両替させといて、
「それは使えない、さらに外貨を出せ」って、オマエら外貨泥棒かよっ!!
と頭にきて相当粘りましたが、私たちが100万$の笑顔を見せて訴えようが、
ない色気を出してクネクネしようが、兄ちゃんは「規則!」の一点張り。
これ以上アルジェリアに$は与えてやるもんか、と怒り心頭の私たちは
飛行機を諦めて、バスで (バスならアルジェリア通貨が使える) サハラへ
行くことにしました。

さて、チケットも買い、バス停へ向かった私たち。
バスを待つ人は10人ほど。楽勝乗れると高をくくってたのですが、
バスが見えた途端、周りの店とかでたむろしてた人たちがいっせい
ダッシュでやって来た!!
そして今度はバスの扉が開くと同時に中からいっせいに人が降りてきた!
すると、バスの荷台 (といっても荷台が作られてる訳じゃなく、
簡単な柵があるだけ) に人が上がり、山盛り乗ってる大荷物を
バンバン道に放り投げ出した。バスから降りてきた乗客たちがその中から
自分の大荷物を取って帰っていく。
あっけに取られてる私たちを押し退け、どこから急にこれほど沸いてきたんや、
と思うほどの人々が次から次へと荷物を荷台に投げては乗り込む。
引き取り手のなかった荷物 (中に乗ってる人の) もバンバン放り上げられていく。
荷台にいる人が荷物にネットをかけだす (落ちないように)。
手慣れたもんで、その流れたるや速い速い!
なるほどそういうシステムなのか、と理解した私たち。担いでたバックパックを
急いで荷台に投げてもらい、 人々を掻き分けてバスに乗り込みました。
ところが席がない。10時間以上乗るのにどうしよう…とオタオタしてたら、
そこは優しいアルジェリア男性たち、「ここに座れ」と席を代わってくれ、
自分たちは通路にマットを敷いて座ってくれました。
よく見れば通路で横になってる人もいる。
バスに乗るのもこりゃ大変だわ…。

バスは悪路を走り出しました (舗装もガタガタ)。
長距離バスに乗ってるあいだも次から次へと男たちから話しかけられ寝てる暇なし!
しかもバス停に着くたびに荷台の荷物が道に放り投げられ、自分たちの荷物が
盗られないか心配でいちいち降りて確かめ、また人を掻き分けて乗り込まにゃならん
(長距離バスだからバス停は30分〜1時間間隔)。
さすがに「バックパックは日本人のだ」とわかってくれてからは荷台から荷物が
放り投げられることがなくなり、いちいち降りずにすみましたが、バンバン何度も
放り投げられバックパックは砂だらけ。

何よりも、長時間乗り続けてるからトイレに行きた〜い!
たまになんでも屋 兼 レストランみたいな所に止まった場合は急いでトイレに
駆け込みますが、たいていのバス停なぞは周りに店もなく、見渡す限り荒れ地や砂ばかり。
砂漠のまん中みたいなバス停に留まった時、男たちはそれぞれテキトーな所で用をたし、
女たちはアラブの民族衣装 (全身隠れたすそが長いやつ) を着てるから用を足しても
座ってるだけに見える。なるほどこの衣装はこういう利便性もあったんか、
と感心しましたが、私らジーパンや。用をたすにはズボン下ろさにゃならん、
お尻丸出しになるっつうの!!
ただでさえ注目のまとの私たち。
いくら旅の恥はかき捨てと言えど、見物人の前でお尻出す勇気はありません。
しかし、出もの腫れもの所構わず、出るもんは出る。
仕方なく、断熱シート (銀色の保温シート) を広げ、友人2人がそれぞれ端を持って、
バスの乗客の目を隠して1人が用を足す、という方法で乗りきりました。
出たものは砂を被せて終了。もはや猫のトイレです。

さてさて、やっと目的地に着いたら夜。昼は灼熱地獄なのに砂漠の夜は寒〜い!
零度近い寒さ。
震えながら目の前のホテル (ボロボロの平屋、というか小屋に近い) に駆け込み、
部屋を取りました。
夕食はすぐ横の屋台のような店で砂混じりのクスクスをジャリジャリ音させながら食べ、
ホテルに戻りました。
部屋にはようわからん虫や爬虫類が壁や床に這ってましたが、サソリじゃなければもうOK!
貧乏旅を続けてたら人間強くなります。
身体は砂だらけ、シャワーはもちろんお湯なぞ出ません。
しかも砂漠地帯だから水不足、いつ水が止まるかわからん。
震えながらさっさと水シャワーを浴びて、まん中が陥没したベットに虫がいないか
確かめて就寝。
朝です。
ホテルを出て、さて「砂漠へ行くぞ」と言っても、もうここ自体が砂漠。
ホテルから数分歩くと周りはなんもない。見渡す限り砂だけ。
美しいっちゃ美しいけど、すぐ飽きる。
イメージしてたような遊牧民とかラクダとかがいる訳でもない。
2人の全身白い布とターバンをまとった男達が三日月型の長い剣を腰に差して
砂漠を歩いてる。カッコいい。砂漠に似合う〜ぅ。

ところが、少し向こうに砂漠に似つかわしくないゴージャスな建物。行ってみたらなんと、
そこはホテル! しかもプール付き! この水のない砂漠にプールですよ。
プールサイドにはデッキチェアがあり、白人たちが水着でサングラスかけて寝そべってる!!

なんだこれは、別世界じゃないか!
白人セレブはどこにでも来るんやなぁ…。
しかし貧しい砂漠地帯なのに、まるで大阪のあいりん地区や東京の山谷地区にドーンと
セレブ専用プールがあるようなもんですよ、違和感この上ない。
「私ら金持ちなのよ」的アピールされてるようで、なんかムカつくよ!!

見るものもないし、砂ばかりだし、すぐに砂漠を後にし、またまたハードなバス旅で
首都アルジェへと戻ったのでした。

まだまだ金はたんまり残ってるし、とりあえずモロッコ行きの明日の電車のチケットを
予約して金を払い、あとは残金を使い切るだけ。でも貧乏が染み付いた私たちですから、
高いホテルに泊まるのはどうしてももったいなくて嫌。なので駅からバスで少し離れた
現地人しか泊まらないようなボロいホテルへ入りました。
オーナーは若い兄ちゃん。客は私たちだけ、使用人は2人という小さなホテル。
「日本人は初めて」、とみんな興味津々。片言の英語ですぐに仲良くなり、
まだ6万ほど残ってる金を使わにゃならんしセレブプールを見たのもあり、
なんかもうヤケクソで、私たちはホテルの兄ちゃんはじめ使用人に
「夕食おごってやるからついて来い!」 と、みんなで兄ちゃんお勧めのレストランに行き、
「何でも食え!」と大盤振る舞いしました。

食を一緒に食べると仲良くなるのは世界の常識。
兄ちゃんは「ホテルで酒でも飲もう」と言う。
「イスラムは酒禁止のはずでは?」と聞くと、「隠れて売ってる店がある」と
連れてってくれた。
雑貨屋の奥のドアを開け、薄暗い階段を降りると、そこにはずらりと酒が並んでて、
5本ほど買って帰り、その夜は兄ちゃんの友達も来てどんちゃん騒ぎ。
「日本の歌を歌え」と言われ、演歌歌いまくり〜の、アルジェリアの歌を教わり〜の、
歌え踊れで酔いまくり、兄ちゃん酔いつぶれ、宴会はお開きに。

あくる朝、フラフラの私たちは、カウンターで青い顔した兄ちゃんに別れを告げ、
「土産を買って残った金を使い果たそう」と近くの店へ。でも欲しいものがない。
買いたくない物を買うのも腹が立つ。ヨーロッパでは欲しい物も我慢して節約してきたのに。
考えた末、「世界共通価値のものを買おう! そうだ、貴金属や!」と怪しい宝石店へ。
残金は一人2万ほど、それで私はネックレスと指輪を、友人はピアスを買い
(このピアスを買ったがために友人は「日本に帰ったら耳にピアス穴を開けんならんやんか!!」
と怒っとった。) めでたく残金スッカラカン。

「やったーっ!! ついに使いきったぞーっ!、さあモロッコへ行くぞ!」と喜んだのも束の間、
「しまったーっ!!、駅までのバス代残しとくの忘れたーっ!」… 。

一気に真っ青…。
でもここがアルジェリアの素晴らしいところ、店の前で立ちすくんでる私たちに、またまた
「どうしたどうした」とワラワラと寄って来たアルジェリア人男達、「バス代がない?
出してやる出してやる、困った人を見たら助けよ、それがアラーの教え」と皆がそれぞれ
お金を出しあってくれ、無事私たちは駅に着くことができたのです。
こうして約1週間のハードで濃いアルジェリア生活と別れを告げたのでした。

その後、モロッコで数日過ごしてまたヨーロッパへと戻り、ここで友達と別れて一人で
西ヨーロッパ、北欧、東欧、トルコ、パキスタン、タイを回りました。
タイで出会ったキレイな日本人の旅行者に私が 「こんにちは」 と挨拶した時、
「わぁ、日本語 話せるんですかぁ?」 と言われたり (バングラデシュとかスリランカとか
あたりの人に見えたらしい) 、出会った外国人に「どこから来た?」と聞かれ、
「私はジャパニーズだ」と言うと、「Oh、レバニーズ (レバノン人)! 」と言われるほど
すっかり様変りして帰国したのです。

貧乏旅は大変だったけど、ものすごく楽しかった。たくさんの人々にお世話になり、
この上ない人生経験になりました。

イタリアでハンサムな兄ちゃんに食い逃げされたり、スペインでおっちゃん達とトランプして
騙されてお金取られたり、タイで大下痢の高熱で寝込み、成田空港でコレラの疑いがかかり
検疫に連れてかれて検便する羽目になったりと、ハチャメチャな旅でしたが、
また機会かあればその話もお伝えしたいと思います…。

私は今までに30ヶ国近く旅しましたが、その中でも人々が一番親切だと思った国は
アルジェリアとトルコです。

アルジェリアは、国や役人はひどかったが、街で出会う人々はみんなとても優しかった。
純粋で心がきれいで、何度彼らに助けてもらったことか。
だから、アルジェリアで頑張ってた日本人が今回のように人質に取られるのは
あまりに悲しく痛ましい。
湾岸戦争以来、日本もイスラムの敵国として見られているんだから、
イスラム圏で働く日本人に対しては充分な安全が確保されるよう、
日本は危機意識を持って守ってあげてほしい。

アルジェリア人はみんな優しかった、でも、アルジェリアという国家は別物だと思う。
そして、アルジェリア人が大好きだからこそ、アルジェリア国家は日本や世界の国々と
良い関係を築いてほしい。
そして、みんなが安心して訪れられるようになり、アルジェリアの個々の人々の本当の姿や
優しさを多くの人々に知ってほしい、そんな日がきてほしい、と心から思うのです…。



posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(1) | エッセイ
この記事へのコメント
初めまして。ブログ村からきました。

私は外国に行った経験はほとんどありません。
ですから、このような実際に行った人のお話を聞けるのはとても貴重なので好きです。

今回の事件はとても痛ましいものだと思っていたのと同時に、「この国の人たちって大体こんな感じなのか?これが文化??」的に驚きを持ってみていました。
しかしそれこそが誤解で、本来は私達日本の人たちと同じで、普通の人とそうでもない奴8割、極端によい人と極端に悪い人たちの行動が目立っているだけなのでしょうね。で、私のように経験のないものが勝手に思い込んで決めつけることが、さらなる関係の悪化を招くのでしょう。

勉強になりますありがとうございます。
Posted by ヒロ at 2013年04月20日 16:58
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: