2015年01月01日

2015年1月

新年明けましておめでとうございます。

初雪が思わぬ大雪となり、家から出られぬお正月となりましたが、みなさまの地域では雪は大丈夫でしたでしょうか。

私は元旦に子どもと京都の実家へ行き、母ととなりに住む弟家族とで恒例の幕開け行事 (おせちを食べるだけ) を執り行いました。
80歳をこえた母が昨年から鬱病になり何もできなくなったので、簡単なお重を生協で買った以外は私がおせちのほぼ全てを作り、弟の嫁がお雑煮担当。
私も介護人生がスタートしております。

さて、元旦は夜11時まで実家にいて母をお風呂に入れ、寝させるだけの状態にして、そこから滋賀の我が家へ車を走らせ高速へ。雪装備はバッチリ。今年は11月の車検の際にスタッドレスダイヤに換えておいたので、雪道も安心。軽快に高速入り口まで来たら、電光掲示板に「京都東以降は雪で通行止め、3キロ渋滞」とある。
「なんやねん、こっちはスタッドレスはいてるんやし走らせろよ」と思いつつも
「まあ、3キロやし大したことないわ。京都東で降りよ」と高速に乗りました。
掲示板通り、京都東手前3キロ地点で前方の車が止まり、テールランプの長い列。
そこからは歩いてる方が絶対早い、もう500メートル進むのに40分以上かかった。
やっと出口が見えたのにちーっとも進まん。
「なんでや!」とイライラ、息子は「トイレ行きたい!」とソワソワ。
やっと出口を出たのが深夜1時半。 またそこからが長かった。出口を出てもてーんで進まんやないか!
どうやら雪で京滋バイパスも名神高速もぜーんぶ通行止めのため、全ての車が1号線に集中し、1号線がパンク状態、まるで動かんのです。
チンタラチンタラと進む中、京都と滋賀の境目の逢坂山の上り坂へと差し掛かると、坂を上れないアホタレのノーマル車が道路脇に車を乗り捨てとる!!
車を捨ててすぐ横を通っている電車に乗り換えたのか、駅横の道路には乗り捨て車の路上駐車でいっぱい、ただでさえ上りも下りも一車線ずつしかないのに、両側に路上駐車してあるから片側通行になっとる!!
ガードマンが誘導してくれてたけど、なかなか進まず。
「ノーマルタイヤは家でじっとしとれよ!!」と車の中で怒鳴る私。
車の中で怒鳴ってるのなんてカワイイもんですよ、車の窓を開けて乗り捨てられて雪をかぶった無人の車に向かって「バカヤロー!!」と叫んでる人もいたもん。
「オマエらのせいで動かんやないか!」とみんなが怒ってたはず。こういう時こそ警察は駐車違反キップを切らんかい! レッカーでどけんかいっ!
だいたい1号線なのに片側1車線っておかしいやろ、滋賀県か京都か知らんが片側2車線に広げる努力せんかい!
誰もいない車を睨み付け、なんとか坂の上まで来たぞ、あとは下りだから、と思ったらまた反対車線側に坂を上れないアホタレの乗り捨て車で片側通行。
ムカつく〜っ!!

やっと逢坂山を下りきり、滋賀県へ入りました。相変わらずのトロトロ運転でしたが、少しずつ渋滞は解消し、家に着いたのが朝の4時。
もうヘトヘトですよ。
息子の膀胱は破裂寸前でした。

備えあれば憂いなし、と、ちゃーんとスタッドレス履いてても、迷惑な奴らのためにヒドイ目に合い、「ノーマルで乗り捨てた奴らに天罰を!」と元旦から怒りまくりの年明けとなったのでした…。

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posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(0) | エッセイ

2014年12月01日

2014年12月

朝晩がめっきり寒くなりました。
9月から続いていた私のカボチャ熱は、世の中がハロウィンでヒートアップする前に
すっかり冷めてしまい、冷凍室のカボチャペーストは冷凍焼けしてカピカピに
なりつつあります。

代わりに11月は銀杏拾いに明け暮れ、あちこち拾いに行ってバケツに漬け込んで
外皮をふやかしてゴム手袋で剥いて乾かして、という鼻が曲がりそうなクッサーい
作業を週末の休みの度に行っておりました。
ガレージで水を流しながらやってたもんで、道ゆく人は「何この匂い!」と
必ず顔をしかめて通り、住宅密集地では近所迷惑甚だしい。
しかもゴム手袋を外しても手がまだクサイ。お風呂入っても爪の先がまだまだクサイ。
恐るべし銀杏臭!!

で、ようやく乾いた11月の月末に、ペンチでそっと皮を割り、実を古封筒に入れ、
塩もひとつまみ入れ、レンジで1分。ポンポンと跳ねる音がすれば出来上がり。
翡翠色の熱々の銀杏はチョーうまい!!

こんなことに明け暮れてたもんで、11月のエッセイは すっ飛ばしてしまいました、
ゴメンナサイ(言い訳)。

さて話は変わりますが、先日 聴覚障がい者のかたとお話しする機会がありました。
そのかたは補聴器をつけておられるので少しは聞こえ、手話と口話(唇の動きを読み取る)
で話をされるかたなのですが、私に「はっきりと口をあけてゆっくり話をしてほしい」
と言われました。

それでも何度か聞き返されたため、補聴器でいったいどこまで聞こえてるんだろうと思い、
尋ねてみたんです。
すると、「紙コップを口にあてて話してみて下さい、それが私たち聴覚障がい者の
聞こえかたなんです」と言われたので、やってみると、紙コップが振動して声が全く
聞き取れない。
「あ」だか「か」だか「は」だか全くわからず。
「どうやって聞き分けるのですか?」と聞くと、「微妙な舌の動きや歯の位置を見て
区別します」とのこと。
今まで、補聴器をつけてる人は聞こえる音量が小さいだけかと思ってたけど、
違ったんだと知りました。
そのかたは「補聴器は全ての音を拾うので、雑音もごちゃ混ぜで入ってくる。
障がいのない人は、聞きたい音や声だけを聞き分けることができるけど、聴覚障がい者は
雑踏や音楽がかかってる中では声が聞き分けられない」と言われました。
そうだったのか… 知りませんでした。

「どんなことが一番不便ですか」と聞いてみると、「病院」と速効の答え。
受付で名前が呼ばれても聞こえない。だから名前を呼ぶ受付の人の口元をずっと見ている
そうで、呼ばれるまで30分ほど見続けてるだけで疲れる。しかも、診察室に入り医者と
話す時も、医者はたいていマスクをしてるから口元が読み取れない。
「聞こえないからマスクを外して」と頼むと外してくれるが、カルテを書きながら下を
向いて話されるからやっぱり口元が読み取れない。それを必死で読み取り、また会計に
支払いに行き、名前が呼ばれるまで口元を見続ける。さらに薬局でまた名前が呼ばれる
まで口元を見続ける。
だから病院は「一番やっかいなところ。体調が悪いから病院に行ってるのに、
余計しんどくなる」と言ってられました。
また、電車でも、周りの音が多すぎてアナウンスが聞き取れない。ていうか、
独特のイントネーションだから訳がわからない。なので、車窓から景色をずっと見て
降りる駅を確認するそうです。

また、歩道を歩いてても、後ろから来る自転車とよくぶつかるそうで、自転車はベルを
鳴らせば歩行者がよけてくれると思って走ってくる。視覚障がい者は白い杖を持ってる
から自転車はよけて走るが、自分たちはよけてもらうすべがない、と言ってられました。
あと、落とし物も多いそうで、私たちはポケットから鍵が落ちればチャリンと音がして
気づきますが、聴覚障がい者にはその音が聞こえない。 落とし物がサービスカウンターに
届けられても、案内アナウンスが聞こえないから気づかずに帰ってしまう。

…なんとも大変な世界なんだと驚きました。
でも、「今は不便を補うものがたくさんできてきた」そうで、電話は聞こえないから
使えなかったけど、今は携帯メールがあるから連絡ができる、電車も電光案内板がある
ものが増えて降りる駅がわかるようになった、テレビも字幕つきのものが増えて
楽しめるようになった、と言ってられました。

そのかたが最後に言われた言葉がとても印象に残ったのですが、私が「聴覚障がい者の
かたが困ってられてても、私は手話もできないので、どうしてあげればいいか難しい」
と言うと、「手話ができなくても、聴覚障がい者に対して伝えようとする気持ちが
何より大事。その気持ちがあれば必ず伝わります。
私たち聴覚障がい者だけでなく、子どもにもお年寄りにも、誰もがわかりやすい
仕組みや工夫がもっと増えてほしい。それが誰もが暮らしやすい社会だと思う」。

本当にそのとおりだと思いました。それこそがノーマライゼーションなんですよね。
弱いものに優しい仕組みこそ、みんなが暮らしやすい仕組みなんだと改めて感じました。
聴覚障がい者のかたのご苦労を全く気づかずにいた私は、まだまだ人として優しくない
なぁと感じた時間でした。
ホント、銀杏の臭い汁を溝に流し、ご近所中にクサイにおいを撒き散らし、「旨い旨い」
と銀杏をポリポリ食べてるようではアカンのですわ…。

posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(0) | エッセイ

2014年11月01日

2014年11月

10月になり、あちこちの田んぼでは稲刈りもほとんど終わりました。
この季節、田んぼの横を車で走っていると稲藁の乾いた匂いがして
「秋やなぁ」と感じます。刈り取りを終えたベージュ色の田んぼでは
白鷺が虫をついばんでいて、なんかホッとする風景です。

我が家の小さな庭にも秋明菊、ホトトギス、河原撫子、金木犀などが
花ざかり。窓を開けると金木犀の甘い香りがして幸せな気分になります。
このホトトギス、毎年イガイガした毛虫が葉を食べてしまい、
情けない姿になってしまうので見つけたら捕るようにしてるのですが、
今年も大半の葉が食い尽くされてしまいました。
何ていう毛虫なんやろう、とネットで調べたところ、なんと、毒々しい
毛虫なのに成虫はとても美しい「ルリタテハ」という蛾らしい。
今まで捕ってはゴミに出してたんだけど、「なんか気の毒なことをしたわ」、
と罪悪感を感じて捕るのをやめました。

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無残なホトトギスの葉         ルリタテハの幼虫

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ホトトギスの葉は食べられて無残。
ルリタテハの幼虫。
こんなふうにぶら下がるとサナギに
なる準備。成虫の写真はこちら

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金木犀

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↑河原撫子、私の好きな花です。
「大和撫子」に例えられた花。


さて話はコロッと変わりますが、10月入ってすぐの土曜に久々に生協
(コープしが)の「川探検」という企画に参加してきました。
10年以上前に私が企画して毎年30人規模でやってたものなんですが、
生協から「手伝って」と声がかかり、久々に川に入って水生昆虫捕りに
燃えました。
琵琶湖博物館の水生昆虫の学芸員(理学博士)の桝永先生に来ていただき、
参加者とともに川の草の下に網をガシガシ入れて… 捕れた捕れた、沢蟹や
黒トンボ、オニヤンマなどのヤゴ、タイコウチにカワムツ、ドンコ、
ヨシノボリなどなど、10年前と変わらぬ昆虫や魚がいて、生き物が住む
キレイな川が変わらずそこにあることを実感し、うれしくなりました。

1才児をおんぶしながら川に入るお母さん、3才児の手を引き川に入り、
子どもほったらかして夢中で捕るお父さん、孫を連れて川を動き回る
お祖父ちゃんと、たくさんの人たちが生き物探しに目を輝かせて
楽しんでおられました。
琵琶湖博物館の桝永先生から「こうやって網を草の下に入れて草の上を
足でグイグイ押すと捕れるよ」と教わり、みんなが先生とガサゴソグイグイ。
びっくりした生き物たちが飛び出して網に入ります。オニヤンマや
タイコウチなどの大物が捕れるとみんな大騒ぎ。

1時間ほど捕ったあと、それらをバットに分類し、先生からそれぞれの
特徴や生態を教わります。
「アメンボは「飴ん棒」と書く。飴の匂いがするからこの名前が
ついたんだよ」とか、「タイコウチは太鼓を打ってるような動きをするよ、
見てごらん」、とか、「オニヤンマのヤゴはトンボになるまでに2年かかる。
だからオニヤンマがいたら、少なくとも2年はこの川がキレイでトンボが
住める環境だったことがわかるんだ」など、いろんなことを教わり、
みんな気分は虫博士。
図鑑の写真も見せてもらいながら、「大人になったらこんな姿」、
「沢蟹は水温の低いキレイな水にしか住めない。沢蟹がたくさんいる
この川はキレイな証拠」とか、虫好きにはたまらなく楽しい時間でした。
顕微鏡も持ってきて下さり、小さなヤゴに節がいっぱいあって、
だから節足動物なんだとわかったり、背中のヒレみたいなのがウヨウヨ
動いてて空気を取り込んでいる様子がわかったり、ヤゴの下あごを指で
つまんだらビヨーンと伸びるのを見せてもらい、「このアゴを伸ばして
餌を捕るんだよ」と教わり、参加者は「へぇーっ!!」「ほぉぉ〜…」
と感心しきり、ほんと楽しい。
桝永先生への質問タイムでは、
「なぜハエを研究しようと思ったの?」(先生のご専門はハエ)
「ハエの専門なのに、なんで何でも知ってるの?」
「御嶽山の噴火灰で川の虫は全部死んだの?」
とか、素朴な質問がいっぱい。

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川探検のようす。
滋賀県大津市千町付近を流れる
千丈川。夏には蛍が飛びます。

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分類した水生昆虫や魚を説明する
桝永先生。   

先生は「小さい時から虫が好きで、新種を見つけたいと思っていた。
そこで先生に相談したら、昆虫や蝶などメジャーな虫は日本では研究者が
いっぱいいて、外国のジャングルとかに行かないと新種は見つからない。
我やハエはまだまだ日本でも新種が見つかる。ハエは汚いイメージだか、
川にはキレイなピカピカ光ったハエがたくさんいる。だからハエの研究を
しようと思った」「博物館にはいろいろな専門家がいるので、その人たちと
毎日話してると他の虫や魚や鳥や生き物のこともわかるようになる。
博物館ではいろんな展示をするので専門以外のことも詳しくなる。」
「生き物は弱いけど、実はすごい。火山の噴火や洪水で絶滅したと思っても、
岩の下に隠れて生き延びてるものが必ずいる。3年くらいしたら少しずつ
また増えてくる。

1年前の台風でこの川も氾濫して岩や草がかなり流されて川の景色も
変わってしまった。でも、こうやって生き延びている昆虫たちがいる。
それはすごいこと。」などと丁寧に教えて下さいました。

先生は数日前まで九州におられだそうで、九州では鹿が増えて大変
なんだとか。「鹿が増えると山の下草を食べてしまい、山に草がなくなる。
草がなくなると虫が住めなくなり、虫がいないから鳥もいなくなる。
だから山に入っても鳥のさえずりや虫の声もなく、シーンとしていて音がなく、
なんとも不気味な感じがした。鹿が増えるとマダニが増え、人間にも動物にも
移るんです」と話して下さいました。

3時間ほどの川探検は本当に楽しくてためになる環境活動でした。

私は小さい頃、よく父に連れられ川に行ったものです。
虫も魚もそんなに興味ない私は、「川より遊園地連れてって!」と
せがんでいました。中学生や高校生になるとさすがに川には行かなくなり、
でも、川がコンクリート三面張りになると、「あの虫や魚はどうなったんやろう、
生きていけるのかな」と胸がチクチクしたのを覚えています。
今思えば、あれが私の環境意識の芽生えだったのかもしれない。
環境の知識は本やニュースや勉強など、いろんなものから得られるけれど、
生き物や環境を守りたいという根っこの「気持ち」は、川遊びのような体験が
元になるのかもしれません。
そういう「気持ち」を作ることが親の役割、大人の役割かな、と思った1日でした。

家に帰ると、なんか足がヒリヒリ痛い。ジーパンをめくるとそこらじゅう傷たらけ。
石や草で切ったのか…そういえば、岩で足を取られ、何度もこけかけたし…。
息子に「見て見て、傷たらけや」と見せると「年なんやからええかげんにしとき。
気持ちに身体がついていってない証拠や」と冷たく笑われ、川遊びの懐かしさと
ともに老いを感じる1日にもなりました…。

posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(0) | エッセイ