2015年03月01日

2015年3月

寒さがやっと和らいできました。緑のない冬枯れのような枝だらけの山から、
昨日は「ホーホケキョ」の声が聞こえてきました。
3月、春の訪れです。

我が家の情けない庭にもチューリップやらアネモネやらと、昨年の秋に生協で
買って植えた「お徳用球根セット50球」がいくつか芽を出し始めています。
スペースがないのと肥料を入れてないのとで、毎年ひょろりんとした花しか
咲かないのですが、それでも色とりどりの花を見ると「春だなぁ」と感じられ
幸せな気持ちになります。
「宿根」と書いてあるので、本来なら一度植えれば毎年咲くはずなのに、
二年目からは情けない葉がヒョロッと一本出るくらいで大きくならず花も咲かず。
周りからは「肥料を入れろ」と言われますが、我が家には猫がいるので足について
舐めたら大変と思うのもあり、それより何よりめんどくさいし分量がわからんので、
「自力で咲け!!」と放任主義です。
花には気の毒ですが、今年はどこまで咲いてくれるかな。

頑張る花に反して人間はというと、年末から私はあれこれ心配事が重なり、
ダメージが許容量を越え、なかなか気力が沸かない日々です。
80を越えた母はひどい鬱病になり、子どもは思うような道に進まず、道さえ見えず、
心が重い。
さらに私の仕事もトラブル続き。その上に車をぶつけてしまい、相手にごねられて
サンザンな日々。 何くそ負けないぞ、と思うものの、頑張ろうという気力が続かぬ。
跳ね返すパワーがほしい。
お祓いに行くしかないかと思う毎日です。

頑張る原動力が欲しい私は「マツコの知らない世界」や「月曜から夜ふかし」を見て
現実逃避。マツコさんのパワーに助けてもらっております。 あの巨体、あの存在感、
癒されます。 何より博識だし正直なのがいい。
お笑い芸人や訳のわからぬモデルだらけの雛壇番組や、
毎週見続けないとわからなくなるドラマはもう飽きた。
「マツコの知らない世界」は、毎週その道を突き詰めた人がゲストで、
「コンビニおでんの達人」や「天気予報の達人」など、その道でお金を稼いでる
ようでもなく、「好きがこうじてここまでになってしまいました」的な人が話す
世界は、聞いててすごくおもしろい。何でも突き詰めるのって宝だなぁと感じます。
好きなことに向かうパワーって偉大だぁ…。
私にはそういう世界がないけど、今からでも何か見つけたい。でも私は何が好き
なんだ?と娘と話していると、娘が「死ぬ前に何が食べたい? 何がしたい?
それが一番好きなものと違うのん?」と言ったので、いろいろ考えてみた結果、
食べたいものは「生麩」という答えになりました。娘は「ふ〜ん。私は死ぬ前に
タラコスパゲッティやな」と意外な答。
おもしろいのでいろいろな人に尋ねてみました。
「牛刺」「焼き肉」「トマト」「豚の角煮」「オムライス」「茶碗蒸し」
「セブイレのシュークリーム」「開店寿司の海老アボガド」「散らし寿司」
「とろろ蕎麦」「奈良漬」「卵かけご飯」などなど、誰一人として同じ答を言わず、
見事にバラバラ、多種多様。 それが思い出の味、という訳でもなく、大好きで
いつも食べたいもの、という訳でもなく、「う〜ん、なんとなくそれかな」
というのがほとんどでした。

娘にそれを伝えると、「ほんで、死ぬ前には何がしたいの」と聞かれたので、
しばらく考えて答えた私、
「枕元に猫がいて、その猫の寝息や寝言が聞きたいかなぁ」。
娘「ふ〜ん。寂しい人生やな。生麩に猫の寝言かい。華やかさナシや、すでに老人」
と冷たく言われ、ますますパワーダウンしてしまいました。
私の人生にも春が早くきてほしい!
華やかさなんかいらない、安心が欲しい!
穏やかな気持ちで過ごせる日々が欲しい!

娘にそう言いかえすと、「まあ無理やろ。親の安心は子どもの幸せあってこそや。
まずは私が幸せにならんと母さんの幸せは来ないわ。なので2万ほどちょうだい、
ユニバ行きたいねん」

…。 なんやそれ。思わず笑えてきて、「ちょっと気持ちが軽くなったわ」と言うと、
娘が「ついでに財布も軽くしとき。だから出して、2万円」。

だいたい私は子どもの行く先を案じて悩んでるのに、なんとも親の心 子知らずなこと。
親なんて損な役回りですよ、ホント。
お気楽娘に思い通りにならぬ息子。まだまだ悩み尽きぬ日々が続きそうですわ…。

posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(0) | エッセイ

2015年01月01日

2015年1月

新年明けましておめでとうございます。

初雪が思わぬ大雪となり、家から出られぬお正月となりましたが、みなさまの地域では雪は大丈夫でしたでしょうか。

私は元旦に子どもと京都の実家へ行き、母ととなりに住む弟家族とで恒例の幕開け行事 (おせちを食べるだけ) を執り行いました。
80歳をこえた母が昨年から鬱病になり何もできなくなったので、簡単なお重を生協で買った以外は私がおせちのほぼ全てを作り、弟の嫁がお雑煮担当。
私も介護人生がスタートしております。

さて、元旦は夜11時まで実家にいて母をお風呂に入れ、寝させるだけの状態にして、そこから滋賀の我が家へ車を走らせ高速へ。雪装備はバッチリ。今年は11月の車検の際にスタッドレスダイヤに換えておいたので、雪道も安心。軽快に高速入り口まで来たら、電光掲示板に「京都東以降は雪で通行止め、3キロ渋滞」とある。
「なんやねん、こっちはスタッドレスはいてるんやし走らせろよ」と思いつつも
「まあ、3キロやし大したことないわ。京都東で降りよ」と高速に乗りました。
掲示板通り、京都東手前3キロ地点で前方の車が止まり、テールランプの長い列。
そこからは歩いてる方が絶対早い、もう500メートル進むのに40分以上かかった。
やっと出口が見えたのにちーっとも進まん。
「なんでや!」とイライラ、息子は「トイレ行きたい!」とソワソワ。
やっと出口を出たのが深夜1時半。 またそこからが長かった。出口を出てもてーんで進まんやないか!
どうやら雪で京滋バイパスも名神高速もぜーんぶ通行止めのため、全ての車が1号線に集中し、1号線がパンク状態、まるで動かんのです。
チンタラチンタラと進む中、京都と滋賀の境目の逢坂山の上り坂へと差し掛かると、坂を上れないアホタレのノーマル車が道路脇に車を乗り捨てとる!!
車を捨ててすぐ横を通っている電車に乗り換えたのか、駅横の道路には乗り捨て車の路上駐車でいっぱい、ただでさえ上りも下りも一車線ずつしかないのに、両側に路上駐車してあるから片側通行になっとる!!
ガードマンが誘導してくれてたけど、なかなか進まず。
「ノーマルタイヤは家でじっとしとれよ!!」と車の中で怒鳴る私。
車の中で怒鳴ってるのなんてカワイイもんですよ、車の窓を開けて乗り捨てられて雪をかぶった無人の車に向かって「バカヤロー!!」と叫んでる人もいたもん。
「オマエらのせいで動かんやないか!」とみんなが怒ってたはず。こういう時こそ警察は駐車違反キップを切らんかい! レッカーでどけんかいっ!
だいたい1号線なのに片側1車線っておかしいやろ、滋賀県か京都か知らんが片側2車線に広げる努力せんかい!
誰もいない車を睨み付け、なんとか坂の上まで来たぞ、あとは下りだから、と思ったらまた反対車線側に坂を上れないアホタレの乗り捨て車で片側通行。
ムカつく〜っ!!

やっと逢坂山を下りきり、滋賀県へ入りました。相変わらずのトロトロ運転でしたが、少しずつ渋滞は解消し、家に着いたのが朝の4時。
もうヘトヘトですよ。
息子の膀胱は破裂寸前でした。

備えあれば憂いなし、と、ちゃーんとスタッドレス履いてても、迷惑な奴らのためにヒドイ目に合い、「ノーマルで乗り捨てた奴らに天罰を!」と元旦から怒りまくりの年明けとなったのでした…。

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2014年12月01日

2014年12月

朝晩がめっきり寒くなりました。
9月から続いていた私のカボチャ熱は、世の中がハロウィンでヒートアップする前に
すっかり冷めてしまい、冷凍室のカボチャペーストは冷凍焼けしてカピカピに
なりつつあります。

代わりに11月は銀杏拾いに明け暮れ、あちこち拾いに行ってバケツに漬け込んで
外皮をふやかしてゴム手袋で剥いて乾かして、という鼻が曲がりそうなクッサーい
作業を週末の休みの度に行っておりました。
ガレージで水を流しながらやってたもんで、道ゆく人は「何この匂い!」と
必ず顔をしかめて通り、住宅密集地では近所迷惑甚だしい。
しかもゴム手袋を外しても手がまだクサイ。お風呂入っても爪の先がまだまだクサイ。
恐るべし銀杏臭!!

で、ようやく乾いた11月の月末に、ペンチでそっと皮を割り、実を古封筒に入れ、
塩もひとつまみ入れ、レンジで1分。ポンポンと跳ねる音がすれば出来上がり。
翡翠色の熱々の銀杏はチョーうまい!!

こんなことに明け暮れてたもんで、11月のエッセイは すっ飛ばしてしまいました、
ゴメンナサイ(言い訳)。

さて話は変わりますが、先日 聴覚障がい者のかたとお話しする機会がありました。
そのかたは補聴器をつけておられるので少しは聞こえ、手話と口話(唇の動きを読み取る)
で話をされるかたなのですが、私に「はっきりと口をあけてゆっくり話をしてほしい」
と言われました。

それでも何度か聞き返されたため、補聴器でいったいどこまで聞こえてるんだろうと思い、
尋ねてみたんです。
すると、「紙コップを口にあてて話してみて下さい、それが私たち聴覚障がい者の
聞こえかたなんです」と言われたので、やってみると、紙コップが振動して声が全く
聞き取れない。
「あ」だか「か」だか「は」だか全くわからず。
「どうやって聞き分けるのですか?」と聞くと、「微妙な舌の動きや歯の位置を見て
区別します」とのこと。
今まで、補聴器をつけてる人は聞こえる音量が小さいだけかと思ってたけど、
違ったんだと知りました。
そのかたは「補聴器は全ての音を拾うので、雑音もごちゃ混ぜで入ってくる。
障がいのない人は、聞きたい音や声だけを聞き分けることができるけど、聴覚障がい者は
雑踏や音楽がかかってる中では声が聞き分けられない」と言われました。
そうだったのか… 知りませんでした。

「どんなことが一番不便ですか」と聞いてみると、「病院」と速効の答え。
受付で名前が呼ばれても聞こえない。だから名前を呼ぶ受付の人の口元をずっと見ている
そうで、呼ばれるまで30分ほど見続けてるだけで疲れる。しかも、診察室に入り医者と
話す時も、医者はたいていマスクをしてるから口元が読み取れない。
「聞こえないからマスクを外して」と頼むと外してくれるが、カルテを書きながら下を
向いて話されるからやっぱり口元が読み取れない。それを必死で読み取り、また会計に
支払いに行き、名前が呼ばれるまで口元を見続ける。さらに薬局でまた名前が呼ばれる
まで口元を見続ける。
だから病院は「一番やっかいなところ。体調が悪いから病院に行ってるのに、
余計しんどくなる」と言ってられました。
また、電車でも、周りの音が多すぎてアナウンスが聞き取れない。ていうか、
独特のイントネーションだから訳がわからない。なので、車窓から景色をずっと見て
降りる駅を確認するそうです。

また、歩道を歩いてても、後ろから来る自転車とよくぶつかるそうで、自転車はベルを
鳴らせば歩行者がよけてくれると思って走ってくる。視覚障がい者は白い杖を持ってる
から自転車はよけて走るが、自分たちはよけてもらうすべがない、と言ってられました。
あと、落とし物も多いそうで、私たちはポケットから鍵が落ちればチャリンと音がして
気づきますが、聴覚障がい者にはその音が聞こえない。 落とし物がサービスカウンターに
届けられても、案内アナウンスが聞こえないから気づかずに帰ってしまう。

…なんとも大変な世界なんだと驚きました。
でも、「今は不便を補うものがたくさんできてきた」そうで、電話は聞こえないから
使えなかったけど、今は携帯メールがあるから連絡ができる、電車も電光案内板がある
ものが増えて降りる駅がわかるようになった、テレビも字幕つきのものが増えて
楽しめるようになった、と言ってられました。

そのかたが最後に言われた言葉がとても印象に残ったのですが、私が「聴覚障がい者の
かたが困ってられてても、私は手話もできないので、どうしてあげればいいか難しい」
と言うと、「手話ができなくても、聴覚障がい者に対して伝えようとする気持ちが
何より大事。その気持ちがあれば必ず伝わります。
私たち聴覚障がい者だけでなく、子どもにもお年寄りにも、誰もがわかりやすい
仕組みや工夫がもっと増えてほしい。それが誰もが暮らしやすい社会だと思う」。

本当にそのとおりだと思いました。それこそがノーマライゼーションなんですよね。
弱いものに優しい仕組みこそ、みんなが暮らしやすい仕組みなんだと改めて感じました。
聴覚障がい者のかたのご苦労を全く気づかずにいた私は、まだまだ人として優しくない
なぁと感じた時間でした。
ホント、銀杏の臭い汁を溝に流し、ご近所中にクサイにおいを撒き散らし、「旨い旨い」
と銀杏をポリポリ食べてるようではアカンのですわ…。

posted by 安楽満 帆志 at 00:00| Comment(0) | エッセイ